8. ストレスとストレス関連障害
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1. ストレスとストレス反応
1-1. ストレスと精神疾患
精神疾患の発症に関して、遺伝などによる先天的な要因と、出生後の後天的な要因がさまざまな形で影響を及ぼすこと https://gyazo.com/40b16ca285562b321b712280de85f45b
右寄りに位置する疾患は、後天的要因とりわけストレス因が発症に強く影響するもの 特定のできごとによって強いストレスに集中的に曝されるもの
日常生活のなかで比較的軽度のストレスが持続的に蓄積されるもの
こうしたストレス性の精神的変調は現代に限ったものではなく、人類発祥以来、常に見られた現象であっただろう
適応障害やストレス障害は特定の原因があることを診断の条件としている
症状による診断を基本とするDSM分類のなかにもこうした類型が存在する
1-2. 適応障害(adjustment disorders)
「ありがちのできごとに対する順応の失敗」と表現できる
適応障害は今日の精神科の診療場面できわめて頻繁に出会うもの
適応障害の診断にあたっては、それぞれのケースに優勢な症状に従って、「抑うつ気分を伴う」「不安を伴う」「不安と抑うつ気分の混合を伴う」などと下位分類を付記することが求められている このことからも分かる通り、適応障害を特徴づける特別な症状があるわけではない
ありふれた症状が特定のストレス因によって起きたことを示すのが、適応障害という概念の意義
ストレス因発生から3ヶ月以内に発症し、ストレス因終結から6ヶ月以内に改善するという時間的な条件も、ストレス因との因果関係を裏付ける意味をもつ
C「症状が他の精神疾患の基準を満たさない」も重要
症例 p.121
この例に示したように、適応障害は「日常生活のなかで起こりがちな困難に対する順応の失敗」と考えれば理解しやすい
適応障害の場合、ストレス因がなければ障害は起きなかったのであるから、ストレス員が原因であることはその意味では明らか
しかし、同様のストレス因にさらされた場合にすべての人が同様の障害を起こすとは限らない
したがって、適応障害の治療にあたってはストレス因を除去・軽減するための環境調整を行うとともに、必要に応じて認知行動療法や内省的な精神療法を適用することも考えねばならない 患者の置かれた状況を多面的に考慮し、患者のパーソナリティや適応能力を考え合わせながら診療を進めることが求められ、治療者の腕の見せどころとも言える 抑うつ・不安・不眠などの症状に対して薬物療法が用いられることが多いが、漫然と長期投与せず経過に合わせて用い、回復とともにすみやかに減量・中止することが重要 1-3. ストレス障害(stress disorders) ~ ASDとPTSD
「ありえないできごとに対する無理もない反応」と表現できる
適応障害の場合に想定されるストレス因子は、正常人が経験する範囲内であり、個体の側が何らかの事情でこれに適応しきれずに症状を呈したもの
通常の日常生活の範囲を超えた異常な出来事に曝され、極めて強い感情的ストレスを体験し、結果として生じる精神的な変調
破局的なできごとがもたらす感情的ストレス
トラウマ体験の直後から症状が出現し、3日~1ヶ月持続した後におさまる急性・一過性のケース(DSM-5) 症状が1ヶ月を越えて続く長期的なもの(DSM-5) トラウマ体験から症状発生までに数週〜数ヶ月の遅延の見られることが多い
症例 p.123~124
その後の経過の中でストレス障害を特徴づける症状として、DSMはさまざまな症状を列挙している
DSM-5によるPTSDの診断基準(要約)
A. 心的外傷体験(危うく死にかかる、重傷を負う、性的暴力を受けるなどを直接体験したり、目撃したり、近親者に起きたことを聞かされたりする)
B. 心的外傷体験の再体験(反復想起、悪夢、体験を再現するかのような行動)
C. 心的外傷体験を想起させる刺激や状況の持続的回避
D. 心的外傷体験に関連した認知や気分の否定的な変化(体験内容についての解離性健忘、自分自身や他者への不信・非難) こうした状態が持続すると患者は症状に耐えることで精一杯となり、日常の活動に生き生きと取り組む余裕がもてなくなる
抑うつ状態を併発することも多く、不安を抑えようとして酒や薬物の乱用に至ることもある ASDの症状も基本的には同じであり、PTSDとは経過に寄って区別される
すみやかに回復してASDの転帰をとるか、症状が遷延・長期化してPTSD化するかは、その後の経過にかかっている
外傷的なできごとが後になって重篤な精神症状を引き起こすことは、古くは第一次世界大戦における戦場体験に関連して注目された
20世紀後半にはアメリカでベトナム戦争経験者のストレス障害が指摘され、さらに戦争に限らず非日常的な外傷的体験が同様の障害を引き起こすことから、PTSDという概念が成立した
原因となるトラウマ体験として、アメリカの男性では現在でも戦争体験が最も多く、女性では性犯罪被害が最多とされる
子どものPTSDも国や地域を問わず深刻な問題
基本的な症状は成人と同様であるが、外傷体験を言葉で語る代わりにその主題を表現する描画や遊びを繰り返すなど、年令に応じた症状の修飾が見られるという
大規模自然災害や火災などの際に、援助者が援助作業のなかで悲惨な場面を目撃してPTSDに陥ることも指摘され、二次的PTSDなどと呼ばれる PTSDの概念は新しいが、こうした精神的変調が古くから存在したことは想像に難くない
わが国でも1995年の阪神・淡路大震災、2001年の大阪教育大学附属池田小学校における大量殺人事件などを機にPTSD対策が求められるようになったが、その必要性を決定的に印象づけたのは2011年の東日本大震災と、その後の原子力発電所事故による放射能汚染であった 精神的外傷を受けた患者の援助にあたっては、支持的に接して安全保障感を養うこと、リラクセーション技法などを用い心身の緊張を和らげること、そのうえで苦痛な体験の言語化を促し、それが過去のものであって現在の脅威ではないと実感させることが有効とされる
ただし患者によっては外傷の記憶に圧倒される危険もあるため、治療のあり方は患者の事情やパーソナリティ特性に応じて個別に検討せねばならない
抑うつ・不安・過覚醒などの症状に対して抗うつ薬を中心とした薬物療法も補助的に用いられる 外傷的なできごとに遭遇した人々のなかに、PTSDを発症する人としないひとがあるという事実も見逃せない
最近の研究はこの点に注目し、外傷に対する個人の抵抗力の由来を検討するものが多い
病前の社会適応がよい者や、社会的支援を豊かに受けられる者ほど予後がよいとされることは理解しやすい
また、青壮年に比べて子どもや高齢者は予後が悪いとされ、困難な体験を克服するために必要な心身機能の弱さによるものと考えられている
2. 解離性障害と関連事項
2-1. ヒステリーの歴史
器質的異常がないにもかかわらず運動系・知覚系にさまざまな機能障害が現れ、意識屋の狭窄や解離、健忘などの精神症状が出現する不思議な現象が古くから観察されていた
これらは古代ヨーロッパでは、子宮の不穏によって引き起こされる女性特有の神秘的な病気とされ、子宮に由来するヒステリーという言葉で呼ばれていた 精神分析はアメリカなどで強い影響力を発揮したが、その理論に合わない事実や異なる考え方が蓄積されるにつれ、次第に批判が強まってきた
その影響を最も大きく受けたのがヒステリー
ヒステリーという診断名が削除されたばかりか、これに相当する別の名称や概念が提唱されることもなく、解離性障害や転換性障害など多くの個別の障害に解体され、それらが並列されることになった ヒステリー関連障害のDSM-5における分類
解離性障害群
身体症状症および関連症群
2-2. 解離性障害群(dissociative disorders)
器質的な異常がないにも関わらず意識や同一性の障害が起きるもの
強いストレスを伴うできごとを経験した際に、その状況や自分自身に関する基本情報を想起できなくなるもの 症例 p.128
解離性健忘はこのようにトラウマ体験への反応として起きることが多く、前述のようにPTSDなどのストレス障害の初期症状として現れることもある
このケースの場合、さしあたりトラウマ体験の直後に解離性健忘を呈した状態
今後このまま順調に回復するか、記憶の回復とともにストレス障害の症状を示すかは、現状では予見できない
解離性健忘はトラウマ体験のもたらす衝撃や苦痛から自我を守るため、体験記憶を意識の外に追いやる心理的防衛の産物と考えられる
従って治療の焦点は、自我の機能を支えて現実と直面することを促し、ストレス障害の発生や進展を防ぐところに置かれる
幼少時の外傷体験や虐待との関連が指摘されており、こうした体験に生物学的・心理学的素因や環境ストレスが加わって発症するものと考えられる 解離性同一性障害は解離性障害のなかでも重症で慢性的な型と考えられ、治療は慎重に行わねばならない 安全な治療環境のなかで信頼関係を築くことから始め、無理なく接近できるパーソナリティとの間に治療同盟を結び、時間をかけてパーソナリティの統合を図っていくことが必要とされる
以前は離人症と呼ばれたものであり、自分の考えや感覚、周囲の世界などに対する現実感が失われる状態 こうした状態が持続することは患者に大きな苦痛をもたらすが、短時間・一過性の離人感は一般人の約半数が経験しているとの報告もあり、過剰診断に陥らないよう注意が必要
2-3. 身体症状症および関連症候群(somatic symptom and related disorders)
転換性障害は発祥に先立って心理的葛藤やストレス因が存在している場合が多い 精神分析理論では、心理的葛藤にまつわる不快な情動が抑圧され、身体症状に置き換えられるもの(転換症状)と解釈された 症例 p.130~131
恋人の急死→失立・失歩という転換症状と解離性健忘を併発
実際の症例では解離症状と転換症状が合併することがしばしばあり、両者が共通の心理機制から生じていることが推察される
転換症状は、既知の生理的メカニズムや解剖学的知識と矛盾した表現をとることが多い
たとえば手足の痛みを訴える場合、痛みの認められる領域が知覚神経の走行と一致せず、上肢では手袋型、下肢では靴下型などと呼ばれる独特の分布を示す 転換症状としてはどのような異常でも起きる可能性があるが、麻痺・視覚障害・無言状態などは特によく見られるもので、しばしばそこに何らかのメッセージが読み取れる場合がある
これも心理的抑圧による現実逃避の現れと解釈される
転換性障害などのヒステリー関連幻想の見たてにあたって、疾病利得に注目する考え方がある 疾病利得: 病気になることによって得られる心理的利益 症状が生じることによって心理的葛藤が回避されること
上記の例では、失立・失歩という身体症状に注意が移ることによって、恋人を失った悲しみから一時的に逃避できたことがこれにあたり、恋人の葬儀に出なくて済んだのはその具体的な現れといえる
症状ゆえに周囲からの注目・世話・愛情などを獲得でき、場合によっては金銭的補償や休暇を得られるといった効果を指す
症状を維持する力として働くものと考えられる
疾病利得は転換性障害に限らず多くの疾患に伴ってよく見られるものであり、この視点から考えることが治療や介護のヒントを与える場合がある
転換性障害の予後は概ね良好で、大多数の患者では数日〜1ヶ月程度で初発症状が解消する
かつては未熟で依存的な性格傾向の所産と考えられたが、実際にはストレス因と関連して広く見られるようである
これと類似した身体化症状は、子どもや高齢者ではよく見られるとの指摘もある
「ヒステリーが疑われる場合には、まず身体疾患を考えよ」という格言が精神医学の現場で伝えられてきた 軽度の意識の曇りがある場合、自我の統制力が低下する結果として解離性障害や転換性障害と同様の症状が生じるもの
こうしたことを考え合わせると、不快な体験や情動を意識の外へ押し出したり、身体症状に置き換えたりしてやり過ごすメカニズムは、生物学的な基盤をもつ普遍的な反応様式であることが推察される
DSM-5で新たに設けられた診断名
苦痛を伴う身体症状が現に存在しているが、これに対する不安や懸念が必要以上に大きい状態を指す
例えばある人が心筋梗塞を患ったが、治療は円滑に行われて身体症状は障害を残さず改善し、社会復帰可能と医師から保証された
しかし本人はどうしても安心できず、体調の些細な変化があるごとに再発や後遺症を恐れて病院へ駆け込む
家にいても大半の時間を病気への懸念で費やしてしまい、日常生活を行うことができないといった例
生活習慣病を中心とする慢性疾患が健康問題の主要なテーマとなるにつれ、こうした不安を抱く人々が増えてきたことが社会的背景として読み取れる 「自分が重い病気にかかるのではないか」「かかっている」という観念へのとらわれを主徴とするもので、実際には身体症状がないか、ごく軽微であることが身体症状症との違い
きちんと診療を受け手健康を保証されてもとらわれは消えず、妄想性障害ほど確信が強くはないものの執拗に不安が持続し、医療を過度に求めるか、逆に回避する行動が見られる